「歩く」ということ

先日、もう一つのブログに、とても切ないコメントを頂きました。

記事は糖尿関連ですが、そのブログは、バレーボール関連のもので、記事も3年前のものです。

丁度、病院をAGEクリニックに変え、糖質管理を始めたばかりの頃の記事です。

こちらです。
「血糖値とウォーキングの関係」
http://softvolley.at.webry.info/200709/article_7.html

それは、糖尿病で、アルツハイマー病のお母さんのことに関するコメントでした。

とても切なくて…。

アルツハイマー病の方は、よく歩くように思います。

何故なのでしょうか?

これは、推測なのですが、歩きながら考えているんじゃないかと思うのです。

実は、私の父も、アルツハイマーの疑いがありました。

脳の萎縮が認められたのです。

それは、ある日突然、「どうやって会社から帰ってきたのか、分からない」という、父の困惑した表情から始まりました。

タクシーで帰ってきたのか、電車で帰ってきたのか、誰かに送ってもらったのか…。

病院で、簡単なテストを受けました。

直前に見た物を、覚えていない、答えられないのです。

典型的な症状です。

65歳を過ぎたころだったと思います。

父は、あるお菓子の老舗の役員をしていました。

営業のたたき上げで、営業一筋だったのですが、当時、管理担当という、いわば、窓際に外され、悩んでいた様子でした。

会社には会社の、事情があったのだと思います。

それ以来、76歳で大腸がんで亡くなるまで、近くのことは覚えていることができず、遠い昔の記憶は鮮明だという状態が続きました。

それ以上、進行することもありませんでしたので、アルツハイマーと確定はできません。

そんな父も…、よく歩きました。

その時の父は、何かを考えているように見えたのです。

前を見据え、決してまわりの景色を見ない。

意を決したような、歩き方でした。

父の表現によると、「何かこう…頭の中がもやもやしてるんだ」と、いっていました。

頭の中の、もやもやしたものは、何なんだろう。

それを、吹っ切るために歩いていたのかも知れません。

人は、じっと考えることもありますが、歩きながら考えることもあります。

自分はなんなんだろいう。どうしたいんだ。どの道を行けばいいのか。

その答が見つからない、「頭の中がもやもやしている」状態って、とても不安で、不快なんだと思います。

何が何だか分からず、自分がどうなったかも分からず、じっとしていられないのではないかと…、想像しています。

私も、よく、歩きながら考えます。

じっと考えるよりも、頭の中がスッキリとし、答えにたどり着くことも多いのです。

本当に悩んでいる時には、人は、ジッとしていられないような気がするのです。

例え、答えにたどり着けなくても、歩いて歩いて、歩くことで、今、確かに生きていることだけは実感できます。

「歩く」ということ、あらためて、考えさせられました。

私も、いつまでも、「歩ける」自分でいたいと思います。

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